フィジカル空間
デジタルデータ処理基盤

プログラムディレクター

佐相 秀幸

富士通株式会社 シニアフェロー 博士(工学)

1976年富士通入社。2009年 執行役員常務。2010年 執行役員副社長 ICT機器事業担当。2012年 代表取締役副社長 CTO&CMO。2016年富士通研究所 代表取締役会長。2017年より内閣府の官民研究開発投資拡大プログラム革新的フィジカル空間基盤技術 領域統括。主としてICT関連の研究開発や事業責任者を経験。パソコンや携帯電話の開発、製造、販売まで一貫したビジネスからサーバー、通信機器やスーパーコンピュータ「京」の開発、製造などの国家レベルのビックプロジェクトを指揮。関連ターゲット分野における技術動向や市場動向、研究開発動向にも幅広く精通。
日本MOT学会会長やエレクトロニクス実装学会会長歴任。

Society 5.0実現に資する
フィジカル空間のデータ処理技術

Society 5.0実現の要である高度なサイバーフィジカルシステム(CPS)では、実世界から得られるデータを収集・処理・活用し、あらゆる社会システムの効率化、新産業の創成、知的生産性の向上を図る。本課題では、CPS構築に必要な技術課題の解決を行うとともに、ITの専門家でなくても容易に高度なソリューション(IoTソリューション)を創出できる共通プラットフォーム(共通PF)を構築する。この共通PFの普及、活用により、我が国の社会課題を解決して経済発展を図り、Society 5.0の実現を目指す。

SIPを加速させる、12人の第一人者たちPD Interview

これからは現場で
処理するICTへ。

エッジプラットフォーム技術が、
ICTソリューション導入を促進。

町工場へ、医療機関へ、農業へ。ICTソリューションを身近な現場に。今、専門的なICT人材がいなくても、容易に高度なICTソリューションを使いこなせるエッジプラットフォームの構築が急がれています。佐相 秀幸PDに集約から分散へ向かうコンピューティングの明日について伺いました。

「クラウドの次に来るのがフィジカルシステム」

Q

まず、「フィジカル空間デジタルデータ処理基盤」の概要と目標・狙いなどをお聞かせください。

PD

現在、私たちにとって一番身近なICTデバイスは、スマートフォンやタブレットだと思います。これらを使って、クラウドにデータを送ったり、クラウドにあるデータを取りに行ったりしています。そして、今後の世界は、フィジカル空間であるローカルな現場にICTが浸透してくる世界であることは間違いありません。データ処理の際に、クラウドとわざわざ頻繁に通信するのではなく、手元で行うことができることが便利な世界になってくると考えています。つまり、ICTを自分のモノ、現場のモノとして、誰もが簡単に使うことができる世界を実現するために、この「フィジカル空間デジタルデータ処理基盤」の課題をチーム一丸となって推進しています。そのために必要な技術は、リアルタイム性や、AI処理、データのメタ化、低消費電力や高度なセンシング技術、それらを構築運用する技術などがあります。
では、身近でICTが使えなくて困っているニーズが何であるのかを具体的に考えると、裾野がものすごく広いことがわかります。例えば、多忙で人材確保が難しいといわれるヘルスケア分野でも、病院の医師、介護のケースワーカー、薬剤師、医療事務をする人等、さまざまな職種の立場から、様々なニーズがあります。また、増加する訪日外国人観光客を対応する際にも、ICT導入に大きなニーズがあります。例えば税関で違法な持ち込み品をチェックできる匂いセンサーで入国審査の迅速化や人手不足を解消することがあります。こういったニーズはあるのですが、導入には様々なギャップがあり、なかなか導入が進んでいないというのが現状です。ギャップには主に2つあると考えていて、技術的なギャップと、導入に関するギャップです。前者はこれまでなかったセンサー、無線の品質、低消費電力などです。一方、後者は、専門家向けであったICTを、誰でも使えるようにすることです。これらのギャップを解消し、ICTの普及を実現できるようにすることがこの課題の狙いです。

Q

研究テーマの1つ「IoTソリューション開発のための共通プラットフォーム技術」についてお聞かせください。特に「エッジコンピューティング」がなぜ必要なのかをお教えください。

PD

わかりやすく説明するために、具体的な例を挙げますと、イチゴの収穫時の大きな課題の1つが、繊細なイチゴを傷つけずにベストなタイミングを逃さずに収穫することです。そこで、イチゴを傷つけずにそっと収穫できるロボットハンド技術を導入できるようにする。その制御のためには、データを取得して、計算してフィードバックして制御する。それを、いちいちクラウドに上げずに現場で迅速に処理して実行できる技術が必要になってきます。このような農業現場、中小製造業、中食産業など、少子高齢化に起因する人手不足、低労働生産性分野へのICT適用が焦眉の急です。
今、あらゆるものをインターネット上、つまり、サイバー空間に上げようとしていますが、実はクラウド上でデータに汎用性を持たせるためには、様々なところで取られたデータについて、データベースを整えるなど、データ同士のすり合わせが必要で、これがすごく大変なんです。
利用者に近いエッジ側でデータを分散処理できるエッジコンピューティングがあると、費用やリアルタイム性、そして匿名性などにメリットが生まれます。匿名性のメリットは、例えば、健康状態といった秘密にしたいプライバシー情報が誰でも見ることができる可能性があるサイバー空間に上がらないので安心ですよね。

「フィジカルで扱うのは
非構造化データなんです」

Q

「エッジコンピューティング」は、これまでのコンピューティングと何が違うのでしょうか。

PD

メインフレームコンピューターやサーバで構築される基幹システムが扱うデータは、「構造化データ」なんです。主に最初からデジタルで表現できる数字や文字を指します。一方、この課題で扱うデータは、「非構造化データ」になります。例えば時系列に変化する画像データがこれにあたります。
監視カメラの映像を使って、どこで、誰が、何をしているか、といった現象までをデータにするのは難しいですよね。こういったデータを取り扱うのがエッジコンピューティングで、従来とは異なる難しさの一つなんです。

「現場をICT化するのが
エッジコンピューティング」

Q

人間は、私たちが想像する以上に処理能力がすごく高いんですが、それをICT化しようとするわけですね。

PD

現場の情報をICT化するには、まずアナログデータをデジタルデータに変換する必要がありますよね。さらに、デジタルに変換しただけでは使えなくて、それを計算できるように処理する。そして、その上で、例えばAI処理をしたり、ロボットハンドをアクチュエーションしたりすることにつながるわけです。例えば、人手不足な介護の現場で、「人間が寝転がって苦しがっている」という映像情報があったとして、これをAI処理すると、立っていられない→痛みがある→呼吸が苦しい→緊急を要する状態である→人を呼ばなければならない、などと自動で即座に現場で判定できるわけです。人手不足などで困っている現場をICTで助けることができるようになります。全てをクラウドに上げると回線を圧迫するし、時間もかかります。現場の状況を即座に現場でデジタル化して処理すること、それがエッジコンピューティングです。 *図1参照

図1

「普及の仕組みが必要」

Q

最後に、PDご自身がお考えになる「Society 5.0」とはどのような社会になるのでしょうか?

PD

現場で困っている人は、いっぱいいらっしゃいます。そのお困りを、ICTの力を使って解決できることがあると思うんです。そういった社会を考えています。だからこそ、様々な領域へのICTの浸透を図りたいんです。そのためには、普及のための仕組みが必要です。これまでのように、システムを作る側が作ったものをユーザーに渡して、「どうぞ使ってください」、という一方通行は駄目なんです。大企業によるこれまでの垂直統合型開発のビジネスモデルだけではなく、これまでICTに詳しくなかった様々な人を巻き込んで、得られた知識や技術を共有して発展させていく仕組みも必要なんです。この課題では、様々なステークホルダーを巻き込み、その具体的な解決策を考えています。働く現場や、個人のライフスタイルをICTの力で豊かにするのが私たちの夢です。それに向かってチーム一丸となってこの課題に取り組んでいます。 *図2参照

図2